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アオザイのベトナム美女、ハロン湾の絶景、魅惑のハノイ。 [時事]

ベトナムでは予想通りインターネットが上手く接続できなかったので、まとめてベトナム出張記(但し、仕事の話はひとつもない)を書いてみる。

10月10日午後9時50分。日本の翼JALは定刻どおりハノイに降り立った。中国南方航空で広州からハノイ入りする関係会社社長の便は、予定ではJAL便より30分早く着いて彼が私を迎えてくれることになっていたが、どうやら彼の乗った便は遅れているらしい。このようなことは中国便ではよくあることなので気にも留めなかったが、それよりも彼が本当に広州からの飛行機に乗っているのかどうか少し不安になった。

乗客の名前が書かれたプラカードを胸や頭上に掲げている出迎えの人混みに割り込んで、私は、約1時間遅れて到着した広州便から次々と降りてくる乗客の顔に集中していた。いた。何事もなかったように、にこにこ顔の社長さんが、大きな手荷物を2つ提げて国際線の出口からやってきた。久しぶりの再会を握手で確認し、こちらの会社が手配してくれたRV車に乗ってホテルに向かった。チェック・インが済んだとき、時計は午後11時半を少し回っていた。

10月11日。昨夜は爆睡した。社長と朝7時半に朝食をとったあと、さっそくベトナムの会社との打ち合わせに臨んだ。この日はどういうわけか会議がスムーズに進み、予定よりもかなり早く終了したので、社長がベトナムは初めてということもあり、旧市街にあるホーチミンの家と軍事博物館を見に行くことにした。ところでのこの日の昼は、ベトナムの伝統料理の一つであるチャー・カーを食べに、その名も\「チャー・カー・ラボン」に行った。この店のメニューはチャー・カーたった一つで、熱々の油鍋に入った雷魚と野菜を、ブンと呼ばれるお米の麵と一緒に食べる。カレーの風味がほんのり効いていて、日本人にも違和感のない美味しい料理だった(写真)。

さて、ホーチミン。ご存知のとおり、ベトナム建国の父である。いまだにベトナム国民から尊敬される偉大な指導者だ。彼には政治家という言葉ではなく、この指導者という言葉がよく似合う。常に国民の視線で行動したホーチミン。生活も贅沢はせず極めて質素。それを象徴しているのがこの「ホーチミンの家」である(写真)。湿気の多いハノイの気候を考慮し、床は高床式になっている。部屋の数は大小含めて3つしかない。木造の粗末なこの家が、国家指導者が住む家とは到底思えない。

そういえば、隣国の中国にも、建国の父と称される人物がいた。毛沢東だ。ある時期まで彼は、中国の英雄、否、世界の偉人の一人として歴史上に名を刻む人物とされていた。ところが最近、彼の残虐さや私生活での奇行などを明らかにする書籍が次々と出版された。『ワイルドスワン』で大ベストセラー作家となったユン・チアンが著した『マオ』、毛沢東の個人医師を22年間務めた李志綏が著した『毛沢東の私生活』。どちらも読み進むにつれ、毛沢東は尊敬すべき偉人だったのかと、疑問符を付けたくなってくる。国境を接した二つの国の指導者が、彼らの死後、これほどまでに対照的な評価を受けるのは興味深いところだが、軍事博物館に行くと、この両国の関係は長い戦争の歴史であったことがわかる(写真は、軍事博物館に展示されているベトナム戦争での米軍軍用機の残骸。ベトナム人はベトナム戦争といわず、アメリカ戦争と言っていた。)。

この日の夕食は、通訳推薦のベトナム料理店に行った。ベトナム人は肉よりも圧倒的に魚料理を好む。だからというわけではないが、ベトナム人には太った人は少ないように思う。特に女性は太っていては、民族衣装であるアオザイを着ることができない。さて、私と社長はベトナムの夜でも堪能しようということになり、通訳に楽しいカラオケ店を紹介してくれと頼んだ。もう世界中でそうなのかもしれないが、ハノイでも、至るところに「KARAOKE」という看板を目にする。「KARAOKE」は今や世界共通語となった感じである。

通訳が紹介してくれたのは「優」というカラオケ店だった。入口のドアを開けると、アオザイを身に纏った若い女性が大勢で迎えてくれた。半分くらいの女性は日本語OKだという。年配のママさんはどうやら日本人のようだ。後で聞いたところによると、福島県出身の方で、7年前にハノイでこの店をオープンし、最近、2号店を近くにオープンさせたという。なかなかやり手の方のようだが、日本語が通じる方が海外にいると出張者は安心できる。

ママさんは大連のクラブのときと同じように、好きな女性を選んでくださいと言ったが、私は面倒だったので、背の高くすらっとしていて、英語を話せる女性をお願いしますとママに一任した。その結果私の横に座ったのは源氏名、真理さんという女子大生だった(写真)。ベトナム美人が揃ったところで、シーバースリーガルを開けてさっそく歌合戦を始めた。私が歌ったチャゲアスや中村雅俊はあまりウケなかったが、唯一、女性陣も「知っている、知っている」と言ってくれたのが安全地帯の「恋の予感」だった。大連のときもそうだったが、アジアではテレサ・テンの歌が一番知られているのではないかと思う。アジアに出張される方は、テレサ・テンの歌を練習しておくとたとえ言葉が通じなくても、拍手喝采はされること、間違いなしである。

このカラオケの料金は、通訳も含めて3人で200米ドル(約2万4千円)である。何でも通訳によると、現地人と観光客では価格が違うというのである。今回は、現地人(通訳)が入っているので、観光客だけの場合に比べると安くなっているという。中国の観光地などでもそうであったが、現地人と観光客とで価格に差をつける二重価格制(もちろん、現地人のほうが安く、観光客が高い)というのは廃止すべきだと私は思う。

10月12日。この日も引き続き会議が予定されていたが、ベトナム側の都合が急遽つかなくなってしまい、会議を13日に延期したいと申し入れがあった。実は13日は、世界自然遺産であるハロン湾に行く予定であった。仕方ないので、ハロン湾観光を今日12日にして、会議を13日に変更することにした。

ハノイから車で北へ約3時間。1994年にユネスコの世界自然遺産に指定されたハロン湾には、自然が造りだした数々の奇岩がそびえたっている。このハロン湾をクローズ船に乗って景色を楽しむ。今回は50人乗りくらいのクルーズ船(といっても、そんな高級なものではないが)を3人で借り切ってしまった。途中、水上生活者から新鮮なえび、しゃこ、かになどを仕入れし、船上でそれらを料理してもらって昼食をとる。これがこのクルーズ船観光の一つの「売り」になっている(写真は、1枚は奇岩の数々。もう一枚は水上生活者の「家」。手前の小さな船では、おばさんが果物や野菜などを売っていた)。

ハロン湾観光は、クルーズ船代、昼食代、ビールなどの飲み代も含めて、3名で締めて42米ドル(約5千円)。格安である。ハロンとは、龍の降り立つところという意味なのだそうだ。ハロン湾にある数々の奇岩、島々は、龍が口から吐き出したものだとされている。

ハロン湾を午後2時に出発し、ホテルも戻ったのは午後5時半。どっと疲れが出てきて、今夜は社長と二人きりで日本料理店に行って熱燗でもやろうということになった。明日の会議の後は、ベトナム側がベトナム料理でも食べようと言っているので、今夜はハノイにある「サイゴン・さくら」という日本料理店に行くことにした。ビールはハロン湾で缶ビールをさんざん飲んだので、店に着くなりいきなり熱燗を注文した。銘柄は日本盛だった(本物かどうかはわからないが)。メニューは日本にある居酒屋とそっくりで、さんまの塩焼きとか、豚の角煮、湯豆腐、塩辛などもある。完全に日本の居酒屋にいる錯覚に陥ってしまい(店のBGMは何故か加山雄三。多分、オーナーの趣味だろう)、ほんのりほろ酔い気分で午後8時過ぎに「サイゴン・さくら」を後にした。

10月13日。ハノイ最終日。帰りの便は、ベトナム航空954便(JALと共同運航)、午後11時55分、つまり真夜中にハノイを立つ。この日は土曜日であるが、朝8時にベトナム側の社員がホテルに迎えに来てくれた。会社はホテルから15分くらいのところにあり、着くなりいきなり会議が始まった。かなりハードなやりとりになったが、最後は友好的に会議を終えることができた。会議を終えホテルに送ってくれた車の中で(私はチェックアウトしたので、もう一泊する社長の部屋にしばらくお邪魔した)、先方の社長が今夜はどんな料理が食べたいかと聞くので、すべてお任せしますと私は答えた。

午後6時過ぎ、立派なRV車がホテルの前にやってきた。その車に私と社長は乗り込んだ。昨日行ったハロン湾観光の話をしながら楽しい雰囲気で車は旧市街に入っていった。先方の社長さんは、今夜は美味しい日本料理を食べましょうと言った。ヤバい。もしかして、昨夜行った「サイゴン・さくら」ではないのか。私と横に座っていた社長と目が合った。社長も同じことを考えたに違いない。残念ながら、私たちの予想は的中してしまった。ベトナム側の気持ちをおもんぱかって、私たちは昨夜もここで飲んだことをおくびにも出さず、初めて来たかのように振舞った。何を飲みますかと聞かれたので、熱燗を頼んだ。ベトナム側とぐい飲みで乾杯合戦が始まった。お銚子がどんどん倒れていく。私はこれから日本に帰らなければならない。大丈夫だろうか。相当酔っ払っている。

午後9時20分頃、私一人が座を抜け出して空港に向かった。午後10時過ぎに到着し、チェック・インの手続きをしようとしたら、カウンターに「不幸の手紙」を見つけた。ベトナム航空954便は、機材到着が遅れた関係で、出発時刻が午前3時に変更になります。日ハムのヒルマン監督ではないが、「信じられない」。それならもっとさくらで一緒に飲めたのに。仕方なく待合室の椅子に座って酔い覚ましもあったので、寝た。こんな経験初めてだ。

午前3時。深夜のベトナム空港をベトナム航空954便は出発した。離陸時の英語挨拶は、「グッドモーニング、レディースアンドジェントルマン」で始まった。何が「グッドモーニング」だ。私はこれからぐっすり寝ます。食事もいりません。おやすみ。

今朝午前9時40分。成田空港にベトナム航空954便は到着した。アオザイの客室乗務員は綺麗な方が多かったが、「写真を一枚」とお願いする気力はすでに失せていた。


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コメント 3

蝶々

karubiさん、お帰りなさい~^^!
ずいぶん、ハードなご出張でしたね。特に、帰りの飛行機が大変でしたね。
お疲れ様でした^^;
ベトナムのアオザイって、私がイメージしていたのとは、ずいぶん柄が違ったみたいです。
サイケデリックな現代調で、民族衣装というより、ドレスっぽいんですね。
すっきりした笑顔の素敵な女性も、清楚な感じで美しい~!
でも、船の観光と比べると、カラオケは結構高い気がします。
何でも、日本人料金があるって言いますが、それは、「ぼったくり」っていうもんでしょう?ーー;
by 蝶々 (2007-10-15 02:12) 

karubi

今回のベトナム出張、正直少し疲れました。
特に最後の帰国便の時刻変更にはまいりました。
機内に入るなり洋食にしますか、和食にしますかと、客室乗務員が
聞きにきましたが、午前3時に牛ヒレステーキを食べる乗客は誰も
いませんでした。ただ、皆寝たかったのです。

アオザイ、写真ではよくわかりませんが、横から見るとチャイナドレス
に比べてかなり横が切れ上がっています。ブラの少し下あたりまで
切れ上がっていて、お腹のあたりの肌が露出しています。
そういう意味では、アオザイは男性には刺激的です。
アオザイは本来は、高温多湿の気候に対応するための民族衣装です。

観光船、安いでしょう。ベトナムの労働者の平均年間賃金は約1000米
ドル、つまり、約12万円です。これは、かなりの人が農村地帯で農業に
携わっているためです。そのことを考えると、カラオケの料金は超高い
ですね。もちろんこの店の客はすべて、日本人でした。

karubi
by karubi (2007-10-15 23:07) 

yusuke

http://matome.naver.jp/odai/2140911209226910201

ベトナムの美女まとめてみました!
良かったら見て下さい。
by yusuke (2014-08-27 21:44) 

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