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私もいつか、背板に乗せられて、山に捨てられます。 [BOOKS]

IMG_0219.JPG先日、敬老の日を前に、日本の老齢人口に関する数字を総務省が発表した。それによると、現在、65歳以上の人口は2944万人で、総人口に占める割合は23.1%となり、人口、割合とも過去最高になった。また、そのうち、80歳以上の人口は826万人で、初めて800万人を越えた。

ざっくり言えば、日本人の4人に一人は65歳以上、16人に一人が80歳以上ということになる。少子高齢化の流れは当分続くと思われるので、そうなると、20年後、30年後には、日本人の3人に一人は65歳以上という、「超高齢化社会」になっている可能性が極めて高い。そういう時代になったとき、日本の社会は本当に持つのか、私は心配になる。

深山七郎『楢山節考』は、姥捨て山の話だ。貧しいある山村では食料が乏しく、その村の老人は70歳になると楢山に捨てられるという掟がある。老人を捨てることは、少ない食料などを分け合いながら残った家族が生き延びていくための手段なのだ。老いた母親を背板に乗せ、息子は母親を捨てるために楢山に登る。『楢山節考』は単に切ない話ということに留まらず、我々にいろいろなことを考えさせる。

『楢山節考』は民話の世界の話であるが、自分の親を養っていくために経済的、精神的な余裕がなくなってきた現在も、時代という「舞台」は異なるにせよ、かなり多くの人にとって自分の親が「負担」になっているのは事実のような気がする(介護に疲れて親を殺したり、清水由貴子さんのように介護疲れで自殺するケースもある)。

老人を大切にすべき、子どもは親の面倒をみるべき、当たり前のように聞こえる道徳観であるが、一方で、そのような美辞麗句を並び立てた一種のヒューマニズムだけではどうしても解決できない厳しい現実が今の世の中には存在する。私は以前、極論として非難させることを覚悟で書いたが、人間はあまり長生きすべきではないような気がする。平均余命が80歳、90歳になったことは、決して喜ぶべきことではないのではないか。低成長時代にあって、自分の生活を維持することだけで精一杯なのに、長生きする親の面倒を最後までみるというのは、正直言って地獄だと思う。

果たして解決策はあるのだろうか。私は抜本的な解決策を知らない。どなたか、いいアイディアがあるのであれば是非教えて欲しい。でも、いいアイディアがもしないのであれば、現代版『楢山節考』がいつか現実のものになるような気がして仕方ない。


写真は、昨夜の新宿「思い出横丁」。「思い出横丁」というけど、一体何を思い出すのだろうか。これもどなたか教えてください。

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コメント 2

まさまさ

かるびさん、こんにちは。

こういう高齢化の件で思うのは、人間は、もともとは60歳ぐらいで亡くなるようにできているのでは?と思ってしまいます。そうすると、その息子は35歳~40歳で、普通に親の面倒が見れるわけです。

しかし、90歳とか95歳の親となるとその子供たいも70歳とか75歳の高齢でして、そこに別の問題が生じてくると思いますね

医学の進歩もたいへんありがたいのだけど、こういう問題になるとは、とほほです。

新しい勤務地門前仲町からのご一報でした。




by まさまさ (2010-09-27 12:47) 

karubi

まさまささん、こんにちは。
「新居」の住み心地のほうはいかがですか。

現在の平均寿命は男性79歳、女性86歳ですが、
日本が元気になりだした昭和30年頃は、男性63歳、
女性67歳で、今と比べると、男性で16歳、女性で19歳
平均寿命は短かったようです。

なんとなくですが、昭和30年代の平均寿命に+5歳したもの
が適正水準のような気がしますね(この適正水準は、昭和
40年頃の平均寿命に匹敵)。

老人が老人を介護する「老老介護」という言葉がありますが、
共倒れするケースも多く、長生きし過ぎる社会はいいこと
ばかりではないような気がします。では、どうすればよいのか、
そういうことになるわけですけど、勘ですが、抜本的な解決策は
誰も持ち合わせていないような気がします。

生きることは苦しむこと、仏教はそう教えていますが、
それにしても厳しい世の中になっていると思います。

karubi
by karubi (2010-09-27 15:20) 

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