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遊びたいとか、休みたいとか、ついつい思ってしまうのです。 [時事]

RIMG0086.JPG節電ムードのなか、長期間の夏休みを実施する動きが大企業を中心に起きている。ある企業は、20日間の長期夏季休暇を実施するという。社員はその20日間、出社することは許されず(出社すると電気を使ってしまうから)、強制的に夏休みを取ることになる。

大企業だから出来ること、そういう意見もあるかもしれないが、ひょっとしたら、中小企業や零細企業でもやろうと思ったら、実は、そういうことが可能なのかもしれない。日本人は真面目な国民だから、多くの人は一生懸命働くことを美徳と捉えているが、ただ、若い人のなかには、ガツガツ働くことを好まなかったり、そもそも論として、働くことに対して疑問を持ったりしている人が少なくないかもしれない。そういう若い人たちにとって長期夏季休暇は、喜ばしいことに違いない。

「人間はなぜ働くのか」「人間は何のために働くのか」、そういったタイトルの本が結構売られている。高度経済成長の時代には働くことの意味、目的を考えたりする暇がないくらい忙しかったり、また、働けば豊かになれることを多くの国民が実感できたから(映画「三丁目の夕日」を参照)、そのようなタイトルの本が登場する余地はなかったわけだ。

「人間はなぜ働くのか」「人間は何のために働くのか」といった若い人たちの問いに対して私は、「働くことに特別理由はない」、そう答えることにしている。以前、「なぜ人を殺してはいけないのか」という少年の疑問に対する答えは「人は殺してはいけない。そういうものだから」とするのが唯一の答えではないかと書いたが、「人は何のために働くのか」という疑問に対しても「人は働かなければいけない。そういうものだから」と私は答えたい。

経済学者の中谷巌さんが書いた『資本主義はなぜ自壊したのか』にこんな話がある。日本神話では、神様も働いていたというのだ。例えば「古事記」「日本書記」では、神様が機織りをしたり、山彦・海彦の神話のように猟や漁撈をしたりという話が頻繁に出てくる。現在の皇室でも、春になると天皇陛下が田植えをして、秋になれば稲刈りをなさるし、皇后陛下も養蚕をなさっている。つまり、古来日本では、働くことが「神事」だったのだ。

働くことは神事なのだから、働くことに理屈はない、そう考えることができる。とはいっても、なかなか生きにくい今の世の中。遊びたいとか、休みたいとか思うのも人情だ。海援隊のヒット曲「母に捧げるバラード」に、武田鉄矢の母が息子(武田鉄矢)を叱るくだりがある。曰く「人間働いて、働いて、働き抜いて、もう遊びたいとか、休みたいとか思うたら、一度でも思うたら、はよ死ね。それが人間ぞ。それが男ぞ。」。

息子をこんな風に諭す(さとす)ことの出来る母親(もちろん父親でもいいと思うが)は現代にはいないと思うし、そんなことを仮に息子に言ったとしたら「頭、おかしんじゃないの」と一蹴させるに違いない。

まあ、いろいろあるけれど、物事はすべてバランスだから、働く、遊ぶ(休む)、働く、遊ぶ(休む)を順番に上手く回していくしかないと思うね。


写真は、今日行ってきた赤坂の焼肉店。肉厚で美味かった。

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