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中野ブラザーズのタップダンス人生、表情です。 [芸術]

IMG_0218.JPGよく「この道一筋」というのがある。日本では、この道一筋に生きてきて社会貢献をしてきた方々に褒賞する制度がある。私の身近なところでも一昨年、北海道にある関係会社の方がこの褒賞を受けることになり、天皇陛下からお言葉をいただくために上京してきたことがあった。褒賞受賞ということで、彼は一躍町の有名人になってしまい、地元ではもう悪い事はできませんよと、苦笑いしながら彼は私に話していた。

私は正直言うと、この道一筋というのがあまり好きな方ではない。「この道」以外は他にやることがなかった、結果的に「この道一筋」になってしまった、こういう穿った見方もできるからだ。こういう見方をするのはへそ曲がりの私だけかもしれないが、現実には結構私の見方が当たっている場合があるのではないかと思う。

今朝上海のホテルでNHK総合テレビを見ていたら、タップダンスの中野ブラザーズが結成60周年記念公演を東京で行うまでの様子をレポートした番組が放映されていた。サンプラザ中野なら知っているが、中野ブラザーズは初めて聞いた。ブラザーズというくらいだからもちろん兄弟であるが、兄が72歳、弟が71歳という高齢の現役ブラザーズなのである。この兄弟、二人ともお元気なのであるが、兄の方は膝の痛みがあって不安を抱えたまま本番当日を迎えるのであるが、観客の大声援などに支えられて見事本番でタップダンスを踊り切り、記念公演は成功裡に終わる。

中野ブラザーズはタップダンス一筋の人生を送ってきたのだが、タップダンスを始めるキッカケとなったのは若い頃映画で観たフレッド・アステアの華麗なタップダンスだったのだそうだ。この番組を見ていて、これまで兄弟に苦労はたくさんあったに違いないが、好きなタップダンスで一生を送る中野ブラザーズがとても羨ましく思った。

何が羨ましいと思ったのか。改めて自問自答してみるとそれは、タップダンスを踊っているときに見せる兄弟の生き生きした表情だったのではないかと思う。タップダンス人生を送る兄弟の生き方そのものを羨ましいと思ったのではないような気がする。自分はビジネスマンを24年やってきて、この兄弟のような表情をしたことが何度あったのだろうかと考えた。自分の表情のことは自分にはもちろんわからないが、多分、本物の生き生きとした表情というのはほとんどなかったのではないかと思う。

今はまだ人生を語らずという吉田拓郎の歌があるが、若輩者の私がいうのは僭越であるが、どんな人生、どんな仕事も楽しいことよりも苦しいことの方が圧倒的に多いに違いない。そんな人生において、どれだけ多くの生き生きとした表情を出せるかが人の幸、不幸のバロメーターなのかもしれないと思った。これはその人が経済的にリッチであるかプアであるかを問わない。リッチでなくても、いい表情で生きている人はたくさんいるに違いない。自分の生き方を今一度考えてみようかと思いながら、テレビを見ていた。

午後4時半頃上海からの飛行機は羽田空港に着いたが、それにしても今日の東京は暖かい。上海も東京と似た陽気で、コートを持って行かなくて正解だった。明日からはコートなしで出勤することにしよう。今日は中野ブラザーズの話をしたので、JR中野駅北口の写真を載せてみた(全然関係ないか)。

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