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♪忘れてしまいたいことやー、でも人は働くのです。 [新宿]

IMG_0362.JPG4日ばかりブログの更新をさぼってしまった。このところ人並みに仕事が忙しく、めったにしない「残業」までする始末で、なかなかブログを書く余裕がなかった。昨日は札幌日帰りで羽田着が午後8時前、家に着いたのは午後10時近かった。パタンキューという感じで、昨日は爆睡した。

株主総会以降、担当業務が一気に増えたことがこのごろ忙しい原因なのであるが、なかなか仕事というものは簡単に片付かないものだ。例えば、100の仕事があれば、20は容易に片付く仕事、60は少し骨が折れる仕事、そして残りの20はどうもがいてもなかなか解決しない仕事、こんなイメージではないかと思う。河島英五ではないが、仕事がなかなか思うように進まず、行き詰った時にはなぜかしら酒を飲みたくなるものである。別に酒を飲んだからと問題が解決するわけではないのだが、嫌なことを少しの間だけでも忘れたくて酒を飲むかもしれない。

私もそういうときがある。もともと一人で酒を飲むことが好きなので、安い居酒屋でたまに飲む。タバコが吸えれば視覚的には格好いいのであるが、残念ながら私はタバコはやらないのでひたすら飲むしかないのだが、仕事のことにいろいろ思いを巡らせていると、「何のために自分は働いているのか」「人はなぜ働くのか」ということを漠然と考えることがある。もっと楽に仕事が進まないものだろうか、こんなに苦しんでいるのは自分だけではないのか、そんな泣きや妄想も生まれてくる。

書店に行くと、「何のために働くのか」「なぜ働くのか」といった類の本が少なからずある。そういう類の本は気恥ずかしくて私は買わないが、きっと「働くための理由」「働く意味」といったことがもっともらしく書かれているに違いない。

「働くことに特別理由はない」、私はそう考えることにしている。人は生まれてしまったらとにかく働く、そこに特別な理屈は何もない、そう考えるべきではないかと思う。仕事に何らかの意義を見出そうとする人は、「自分を向上させるために働くのだ」とかいうが、それでは、自分を向上させる意思のない人は働かなくてもよいのかといわれれば、決してそうはならないであろう。以前、「なぜ人を殺してはいけないのか」という少年の疑問に対する答えは「人は殺してはいけない。そういうものだから」とするのが唯一の答えではないかと書いたが、「人は何のために働くのか」という疑問に対しても「人は働かなければいけない。そういうものだから」と私は答えたい。

仕事は辛い。どうもそういうものらしい。できれば楽して稼ぎたいと思うのは人情であるが、現実はそう甘くない。昨日JAL機内誌を読んでいたら、ある大学教授の話を読んでやっぱりそういうものかなと思った。彼は学生に「お金は額に汗して稼ぐものだ」と教えている。ITバブルの汚れた英雄が「金儲け悪いことですか!」と叫んだが、なんと卑しいことだろうと教授は批判している。金儲けが悪いことだなんて、誰も考えていない。「金儲け悪いことですか!」と叫ぶ人たちは自分たちだけがそうなればいいと考えていて、周囲の人間がどうなろうともなんとも思っていない。そこが問題なのだ。気障な言い方かもしれないが、働くということは自分のために行う行為だと思われがちだが、実は自分以外の人間に何かを「与える」行為だという側面もかなりの割合であるのではないかと思う。

さて、明日一日だけ休暇をもらい、大阪に遊びに行く。もちろん一人で。目的は大阪居酒屋めぐり。といことで、今夜は久しぶりの休暇前ということで少し気分が高揚してきたので、部下を引き連れて銀座の庶民的な焼肉屋に行ってきた。若い連中はよく食べる。店を出るときに明日はよろしく頼みますと彼らにお願いして、私は一人新宿歌舞伎町に向かった(写真)。

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