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オレ、オレ、オレ、オレ、オレもコテコテ日本人。 [時事]

20100615-00000304-spn_wcup-socc-view-000.jpgサッカーのワールドカップで、日本は強豪カメルーンを破り初戦を飾った。私は昨夜も新宿で飲んでいて、試合の様子は今朝のテレビではじめて観た。試合開始前、日本選手は全員で肩を組みながら「君が代」を歌い、自らのファイティングスピリットを鼓舞していた。

「君が代」を聞くと厳粛な気持ちになったり、自分が日本人であることを再確認したりするものだ。この「君が代」は、法律で国歌と定められている。「国旗及び国歌に関する法律」があって、今から11年前の平成11年に制定された。その第1条に、国旗は、日章旗とする、第2条に、国歌は、君が代とする、とそれぞれ規定されている。この法律をめぐっては特に教育現場でいろいろ揉め事が起こっていて、なかには裁判まで発展しているものもある。

スポーツの大きな国際大会で「君が代」や「日章旗(日の丸)」を見て違和感を覚える日本人は少ないと思うが、なかには、あまりいい気持ちじゃないという人もいるのである。彼らが「君が代」や「日章旗」に反対する主な理由というものは、「君が代」「日章旗」は「ナショナリズム(民族主義)」に繋がりかねないとか、「君が代」は天皇を称える歌だからとかいったものであるが、こういう議論は如何なものかと思う。

さて、こう書くと暴論とまた言われるかもしれないが、ワールドカップとかオリンピックを見ていると、世界の国々は本当に上手く付き合っていけるのか、いつも疑問に思うのである。と言うより、ハッキリ言うと、上手く付き合っていくことは不可能なんじゃないか、そう思うのである。テレビ中継を観ていると、どの国のサポーターも、自国の選手に熱狂的声援を送りながら、一方で、敵国の選手がエラーをしたときには歓喜乱舞するという、人間のいやらしい本能というものがむき出しになる場面に何度も遭遇する。

ヒットラーは、1936年のベルリンオリンピックを民族の祭典、国威発揚の場と位置づけたとされ、このスタイルが今のオリンピックの原型になったとも言われる。民族の祭典、国威発揚という言葉がそのまま今のオリンピックに生きているとは思わないが、その精神、本質的な部分はいまだに生き残っていると思う。現代のオリンピックは、近代オリンピックの提案者であるクーベルタン伯爵の思惑とは異なる方向に進んでいるのかもしれないが、ただ、いくら国家、民族の枠を超えたスポーツの祭典をと美辞麗句を並べてみたところで、各国のナショナリズムが露骨にぶつかりあう場になってしまっているオリンピックやワールドカップでは、そのように理想を実現することは到底出来ないように私は思う。

いろいろあるが、日本には次のオランダ戦にも勝利してほしい。結局私も、コテコテの日本人なのであります。写真は、勝利を喜ぶ日本人サポーター。

歴史をかえた「聞く耳」の誤用。 [時事]

IMG_0042.JPG今から40年前、日本からアメリカへの繊維製品の輸出が急増し、日米貿易摩擦として問題になった。当時のアメリカ大統領ニクソンは日本の佐藤栄作総理に対し、自主的に繊維製品の輸出規制をするよう求め、これに対して佐藤総理は「善処します」と回答した。

この「善処します」という日本独特の表現が、その後の日米関係をギクシャクさせるキッカケになった。「慎重に検討します」くらいの気持ちで述べられた「善処します」という日本語は、I will take care of it.という英語に翻訳された。アメリカにとってこの翻訳された英語の意味するところは、何か具体的な対策を日本は取る、そういう積極的なニュアンスを持つものだった。

この話は、同時通訳者で立教大学教授の鳥飼玖美子さんが著した『歴史をかえた誤訳』という本に紹介されている。

誤訳というのは、日本語と英語というように、言語、文化が異なるときに起こるわけだが、コミュニケーションの当事者が同一言語を使っているにもかかわらず、一方が言葉の使い方を間違ったおかげで、誤訳ではなく「誤解」を生じさせる事態が昨日、日本で起きた。

ご存知のように鳩山首相は昨日、突然辞意を表明した。普天間、政治とカネ、この二つが辞任に至った大きな理由なのだそうだ。しかしながら、首相の説明の中で国民が一番違和感を持ったのは「国民は聞く耳を持たなくなった」という言葉だ。この言葉を聞いて私はすぐに「首相は使い方を間違ったな」と、思った。

日本で一番利用されているとされる新明解国語辞典によると、「聞く耳」の意味は「他の意見を素直に聞く謙虚な姿勢」とある。そうなると、「国民は聞く耳を持たなくなった」は「国民は他の意見を素直に聞く謙虚な姿勢を失った」と置き換えることができる。となると、首相が退陣するのはまるで国民のせい、そんな感じになってしまう。首相が意図したことは多分違うのだろうと思うけど、政治に限らず、この世の中、言葉は命、言葉は重いのだ。その言葉の重さを最後まで知らなかったが故に、鳩山首相は追い込まれた、私はそう思っている。

写真は、新宿の定点観測地点。もう御馴染みですね。


電子書籍、セピア色に変色するかしら? [時事]

IMG_0040.JPG私は本好きと言うほどではないが、平均よりは本は読むほうじゃないかと思う。本を読んでいて気になった箇所が出てくると、私はそのページの上の角の部分を三角形に折ることにしている。そうしておくて、後でもう一度確認したいことがあったときにすぐ探せるので、便利なのである。したがって、三角形に折られたページがたくさんある本は、それだけ私にとって新しいこと、参考になることを教えてくれた本ということになるのだ。

実は、私は書棚を一つも持っていない。今のマンションに引っ越してきたときに持ってきた本は松本引越しセンター(その後会社は倒産したが)のダンボール20箱程に入れたままだし、それ以降読んだ本は部屋の片隅に野積みになっている。私は元来無精で、整理整頓の類は下手だし、また、書棚とか、ソファーとか、リビングテーブルとか、そういったインテリアにそもそもあまり興味が無い。

さて、いよいよ今日、アップルコンピューターのアイパッドが日本でも発売された。映画、ゲーム、メール、パソコンなど、なんでももの一台で間に合ってしまう「魔法の箱」だ。なかでも注目されているのが「電子書籍」の機能だと言われている。例えば、これまで書店に行って1冊1000円で買っていた単行本が、今後アイパッドを通して「電子書籍」として購入すると600円で買えてしまう、そういうことになる。

「電子書籍」の利点は安く本が買えるという他に、書棚がいらなくなるということもある。ただ、すべての本が「電子書籍」として読むことができるわけではないから、「紙書籍」が全く無くなるというわけではないが、「電子書籍」として読める本が今後増えていくことだけは確かであろう。

私もブームが少し落ち着いたら、アイパッドを買って「電子書籍」を試してみよと思うが、多分すぐに飽きてしまい、「紙書籍」に回帰するような気がする。「紙書籍」には「電子書籍」には無いいろいろなアナログ的「味」がある。紙の臭い、本によって異なる紙の触感、紐や栞(しおり)の位置で一目でわかる「残量感」、時間をかけて変色した味わい深いセピア色の紙など。また、私のように、ページの角を三角形にって折っておけば、後でもう一度確認したいときにすぐ探すことが出来るのも、「紙書籍」の特徴だ。

「電子書籍」で致命的なことは、アイパッド自体がなくなってしまった、または、壊れてしまったときのことだ。そえなると「書棚」自体が消えて無くなるわけだから、そこに収まっているすべての「電子書籍」も一緒に無くなってしまうのだ。普通の「紙書籍」であれば、単行本一冊、文庫本一冊、どこかで無くしてもまた本屋で買えば済むから、そう騒ぐことはない。

アイパッドの人気を見ていると、アメリカ人(ないしアメリカ企業)というのはつくづく合理主義に徹していると思う。合理主義、理屈の徹底的追求の果ての姿があの忌まわしい訴訟社会だと思うのだが、これはちょっと論理の飛躍かもしれない。

今日、札幌に来ている。写真は旧道庁赤レンガ。新緑が目に眩しい。

ハニートラップ、色仕掛けが歴史を作る。 [時事]

88274_1.jpg               競馬のG1レース、オークス(優駿牝馬)が昨日東京競馬場で行われ、中央競馬のG1レースとしては初めて、蛯名騎手騎乗のアパパネと横山騎手騎乗のサンテミリオンが同着1位となった。滅多に見られないレースを私も自宅で観戦した。両馬がゴールした瞬間、アパパネ優位に私には見えたが、蛯名騎手は「負けた」と思ったそうだ。

今から18年前、地方競馬として大井競馬場で行われたGIレース帝王賞で、同着1位があった。そのとき同着1位になった2頭に騎乗していたのが偶然にも今回と同じ、蛯名騎手と横山騎手だったというのだから、運命のいたずらを感じる。

さて、次は女スパイの話。韓国公安部は先日、韓国の機密情報を盗んだとして、北朝鮮の女スパイと、この女スパイに情報提供を続けていたソウルメトロ(地下鉄)の韓国人職員を逮捕した。この二人は今から4年前に恋愛関係になり、彼女がスパイであることを知った後も、韓国人職員は情報提供を続けたという。いわゆるハニートラップ(女スパイが色仕掛けで男性を誘惑し、機密情報を得ること)をして、女スパイは得た機密情報を北朝鮮に送っていた。

女スパイといえばやはりマタ・ハリであるが、彼女も高級娼婦として多くのフランス、ドイツの軍人、政治家などと夜をともにし、スパイ活動をしていたと言われる。「東洋のマタ・ハリ」「男装の麗人」と呼ばれたのは川島芳子である(参照:http://karubi53.blog.so-net.ne.jp/2009-04-14)。ただ彼女の場合、色仕掛けで云々という感じではなかったようだ。その他では、クリスティーン・キーラーがいる(写真。この美貌じゃ男はイチコロ。)。ロンドンのモデル、高級コールガールで、時のイギリス陸軍大臣と肉体関係を持ち、彼から得た軍事機密情報は当時のソ連に流れていた。冷戦時代らしい話である。

日本も女スパイとは無縁ではない。記憶に新しいところでは、橋本龍太郎元首相が中国の公安当局にいた中国人女性スパイと性的関係を持ち、その対価として、中国に多額の無償援助を行ったというスキャンダルがあった。真偽のほどは定かではないが、火のないところに煙は立たぬ、と思うのだが。

男は助平だから、政治家であろうが軍人であろうが、美人やかわいい女性から言い寄られるとその気になり、すぐにガードが緩んでしまう。クリスティーン・キーラーのケースでは、彼女にメロメロになった陸軍大臣は結局辞任し、その後政権交代につながったわけで、まさに「歴史は夜作られる」のである。

1日の適正酒量、ビール中ビン1本、日本酒1合、物足りないです。 [時事]

1280_1024_may.jpg酒は百薬の長とは、適度な飲酒は健康に良いという意味であるが、「適度な飲酒量」とはどのくらいの量のことか、皆さんご存知だろうか。厚生労働省が適度な飲酒量のガイドラインを出していて、それによると、一日当たり、ビールで言えば中ビン1本、日本酒で言えば1合、ウィスキーで言えばダブル1杯と、思いのほか少ないのである(それぞれ1日あたり純アルコールで20グラム相当で、計算式は、アルコール容量(例えばビール中ビン500ml)×アルコール度数(ビール約5%)=純アルコール(約25グラム)となる。正確にはアルコールの比重も考慮するが、ここでは無視。)。

自分のことを考えてみると、一回飲みに出ると純アルコールを少なくとも100グラムは消費している。週に最低2回、多いときで5回は飲みに出ているから、平均を取って週3回飲みに出ていると仮定すると、一週間の純アルコール消費量は100グラム×3回=300グラムになる。厚生労働省のガイドラインは1日20グラムであるから、1週間は140グラム、つまり、私は適度な飲酒量の倍以上のアルコールを飲んでいる計算になる。

世界保健機関(WHO)の2004年版アルコールに関する調査によると、純アルコール消費量の一番多い国はウガンダの18.47リットル(年間)で、以下、ルクセンブルグ、チェコ、フランス、ドイツ、オーストリアなどのヨーロッパ諸国が続く。わが日本は、7.38リットルで、第50位の少し下あたりにランクしている。

日本の7.38リットルはどう考えたらよいのか。厚生労働省のガイドラインは1日20グラムであるから、これに365日を掛けると、年間7,300グラム、つまり、7.3リットルになる。つまり、アルコールを飲む量は人によって当然異なるが、国民平均で見てみると、日本人は厚生労働省のガイドラインをほぼクリアしていると評価できるのである。

さて、世界保健機関は今日行われた年次総会で、過度な飲酒を減らすための指針案を承認した。具体的には、酒の飲み放題、酒の安売りをしないよう加盟各国に求めていくとしている。酒飲みの私からすると、何とも寂しい話である。酒、タバコ、性などの「嗜好品」は、過度に規制しないほうが全体的には上手くいく、これが私の持論なので、加盟各国に対して強制力はない今回の決定ではあるが、各国が過剰反応しないよう期待したい。

さて、今週はめずらしく出張がなかったが、来週、再来週と二週続けて札幌に行く。札幌と言えばススキノ(私だけかもしれないが)。北の歓楽街ススキノに行くと、純アルコール消費量が東京以上に多くなってしまう。あっ、そうだ、調査研究と称してイクラ丼もしこたま食べてくることにしよう。

写真は、サッポロビールの今年のキャンペーンガール。北海道には北海道限定のサッポロクラシックという超旨いビールがある。

子ども554人、ジョーダンじゃないよ! [時事]

IMG_0004.JPGあー、やっぱり起きたか、そんな感じだった。今年6月から支給が予定されている子ども手当のことだ。先日、兵庫県尼崎市に住む韓国人男性が、子ども554人分、年間約8600万円の手当を市に申請したのだ。なんでも、妻の母国であるタイに養子縁組をした子どもが554人いるのだそうで、タイ政府が発行した養子縁組に関する証明書も提出したらしい。しかし尼崎市は、証明書に信憑性がないとして、申請の受付を拒否したという。

といっても、もし証明書が本物であることが立証されれば、今の制度では、554人分の子ども手当は支払わなければならない。これはどう考えても納得がいかないが、今回の尼崎市のケースは多分氷山の一角で、似たようなことが今、全国各地で起こっているに違いない。

私はちょうど一ヶ月前、子ども手当は問題があって、トラブルがきっと発生すると書いたが( http://karubi53.blog.so-net.ne.jp/2010-03-27 )、不幸にもその予想は的中してしまった。尼崎市の報道を受け、養子縁組をして日本政府から子ども手当を貰おうという動きは、これからどんどん加速していくだろうと私は見ている。「日本って、本当にいい国だね」、そんな皮肉交じりのほめ言葉が在留外国人から聞こえてきそうである。

さて、明後日からいよいよゴールデン・ウィーク(GW)が始まる。このGWの真最中に、私の誕生日はやってくる。憲法記念日の5月3日で、私は50歳になる。ここではあまり詳しく書けないが、実は、年が明けてから、仕事やプライベートで「普通ではないこと」が私の身に次々に起きている。とっても嬉しいこと、とっても悲しいこと、とってもビックリすることなど、奇跡、偶然の類のことが頻発しているのだ。総じて良いことのほうが多いのだが、どうやら今年はそういう年回りに当たっているらしい。

こういう年は、何が起こっても動じない覚悟がいる。いろいろなものが変わっていく節目に今立っている、そう頭を切り替え、ドーンと構えておく必要がある。これから一体何が起きるのか、期待もあるが、不安ももちろんある。

写真は、新宿思い出横丁。ここで一杯やろうと思ったが、クリーニング店に行かないと明日会社に着ていくスーツがないことを急に思い出し、涙をのんで退散した。独身はなにかと不便なのだ。

涙の数だけ強くなれる、大人の真夜ちゃんに乾杯! [時事]

IMG_0002.JPG上海万博のPRソングが岡本真夜さんの楽曲のパクリだった事件は一応の決着をみたが、中国という国について改めて考えさせられるところが多かった。まずは最新のニュースから。昨日から本番に備えたリハーサルが万博会場で行われているが、公式マスコットキャラクター「海宝(ハイパオ)」のコピー商品を売る露店商がさっそく出現しているという。あー、やっぱり、もうこの手のことには驚かない。

5月1日の開催直前に起こった盗作疑惑は、中国国内でもネットユーザーを中心に批判が高まった。このままでは万博のスムーズな開催が不可能と判断した万博関係者は、岡本さんに楽曲の使用許諾を求めた(ただ、すでにPRソングとして使用していたことに対する謝罪は一切なかった)。この申し入れを岡本さんは快諾したわけだが、見事な「大人の判断」を岡本さんは行ったと私は思う。同じ日本人として、岡本さんに拍手喝采したい気持ちだ。

コピー天国、知的財産権の侵害、中国に対するこれらの批判は多くの識者が行っていて多言を要さないが、今回の「事件」は、これらの批判が正当であることを改めて印象付けた。北京五輪に続く一大国家プロジェクトである上海万博を是が非でも成功させたい中国にとって、盗作疑惑は「障害」そのものだったに違いない。この「障害」除去に異例のスピードで対応した中国であるが、これですべてが丸く収まったと考えるのは早計のような気がする。

忘れていけないのは、PRソングの作曲者の処遇だ。世界に「大恥」をかいた格好になった中国が、この作曲者に対して「お咎めなし」で済ますわけがない。彼は国家の恥、死刑にすべきだと書き込んでいるネットユーザーもたくさんいるという。今月、日本人に対する死刑執行がなされたが、中国では人を殺したり、傷つけたりした場合以外でも、経済犯罪、賄賂の収受、性犯罪など、さまざまな犯罪に対して広く死刑が認められている。今回の場合、国家を侮辱した罪(という屁理屈を無理矢理付けて)などで、万博終了後、この作曲者を捕まえる可能性は小さくない。

まあ、いろいろと考えはじめると気持ちが滅入るので、今回の件はそろそろ忘れることにしよう。

さて、今日は早い時間から新宿ゴールデン街へ。5番街に先日、美味しいお酒と、美味しい肴を出すお店をオープンさせたBさんのところに行ってきた。料理の腕は一流で、これから飲食店の新規事業をやろうとしている私にとっては「師匠」のような存在で、料理のことについていろいろ教えていただいている。

今日は夏のような陽気だったが、明日はまた寒くなるという。今年の春は本当にどうしちゃったのかね。写真は久しぶりの新宿定点観測。つまらない写真で失礼。

たまには韓国で、パーッといきましょうか。 [時事]

IMG_0498.JPG今日、会社を休んだ。日頃の不摂生と飲みすぎのせいで、ダウン。自業自得なのだが、たまに休むことは悪いことではない。日頃社員には有給休暇は遠慮せず取るように勧めているが、昔に比べ一人当たりの業務量が増えているせいなのか、取りたくても取れない、残念ながら実情はそういうことみたいだ。

さて、先日、知り合いの女性と話をしていたら、彼女は1月に韓国に一人で行ってきたという。実は彼女は病気がちで病院づきあいが長く、そういう生活をしているとだんだん暗く落ち込んでくるので、気分転換の意味で一人で韓国に行って、パーッと遊んできたのだという。

話は変わるが、今朝テレビを観ていたら、景気が少しずつ良くなってきたこともあって、高級品が売れ始めているという話をしていた。そういえば一昨日、ユニクロを展開するファーストリテイリングの3月の売上が前年度月比16%落ち込み、客数も10%減少したとの報道がなされ、これを受け同社の株価は10%以上下げた。デフレ経済で一人勝ちだったユニクロに暗雲が立ち込めはじめていると一部の専門家は分析したが、なるほど、少しずつデフレ経済からの脱却が進行しているのかもしれない。

高級品が売れ始めていることについてある経済評論家は、庶民の「節約疲れ」が背景にあると分析していた。なかなか上手いことを言う。私はいつも、人間には「飽きる」という本能が備わっていると考えているが、この経済評論家が指摘するように、お金がなくて節約、節約をやってきたが、もうそろそろ疲れちゃった、たまには贅沢しようよ、そういうタイミングに今来ているということなのかもしれない。日本経済にとってこれは非常にいい傾向だと、私は思う。結局日本経済を蘇らせるのは子供手当でも高速道路無償化などではなく、人間の心のあり方にあるのではないだろうか。

知り合いの女性が韓国に一人で行ったのも、病気や病院とのつきあいに飽きたり、いつも暗い気持ちでいることに辟易した結果だろうと思う。私と久しぶりに会ってバカ話をたくさんして別れたのだが、その後彼女から、久しぶりに大声で笑いましたと、メールが来ていた。

今日午後、目黒川の桜を見てきた(写真)。散り始めた桜が目黒川にたくさん落ちていた。

トヨタの踏ん張り、名古屋キンサンも応援です。 [時事]

o0338045010338047003.jpg風邪が治りかけていたのに、アホな私は寒風の吹き荒れる釧路の夜を謳歌して、風邪をぶり返してしまった。先週に続き今週土日も家でじっとすることになった。年をとって体力が落ちたことを本当に痛感する。

さて、今年2月5日の記事で私は、ブリウスなどのリコール問題に関するアメリカの集団訴訟は、一歩間違えばトヨタを潰しかねないという趣旨のことを述べたが( http://karubi53.blog.so-net.ne.jp/2010-02-05 )、ひょっとしたら現実にそうなる可能性が出てきたという印象を、今日放送された「真相報道バンキシャ」を観て持った。

放送によると、今アメリカではブリウスなどのリコール問題に関連して、トヨタを相手取った集団訴訟の準備が敏腕弁護士も加わってロサンゼルスで進められていて、訴訟総額は1兆円とも3兆円とも言われているらしい。私の印象は、これは「トヨタ裁判」の序章に過ぎず、最終的に訴訟総額はこの数倍、否、数十倍の規模に拡大していくように思う。そうなれば、裁判はアメリカだけにとどまることなく、中国、ヨーロッパにも飛び火することが容易に予想され、そうなればいくらお金持ちのトヨタと言えども、生きるか死ぬかの深刻な事態に陥ることになるのは間違いない。

マクドナルドのコーヒーで火傷したくらいで億単位の損害賠償を言い渡す国であるから、私の予想であるが、多分、裁判になるとトヨタは敗訴するだろうと思う。今日の放送で、集団訴訟を進めるリーダー格の弁護士が「優等生(注:トヨタのこと)の負ける姿を見るのが楽しいのさ」という趣旨の発言をして、私は強い憤りを覚えた。アメリカを賛美する日本人は多いが、残念ながら、訴訟大国アメリカというのはそういう国である。

実は私自身、アメリカ、オーストラリア、中国の3か国で、ビジネス上の係争に関わってきた。特に厳しい交渉を強いられたのが中国であるが、これらの苦い経験を通じて私が学んだことは、我々日本人は海外でモノを売るとか、海外の会社とジョイント・ベンチャーで事業を行うということを基本的には「やるべきではない」ということだ。このグローバル社会で何をバカなことを言っているのか、そう非難する人がいるかもしれないが、トヨタのケースでもわかるように(まだ最終的に裁判の結論が出たわけではないが)、海外では、ちょっとでもスキを見せると、ここぞとばかりにこてんぱんにやっつけられる。

民俗学者の梅棹忠夫さんはその名著『文明の生態史観』において、日本の文明は世界におけるどの文明とも異なる個性を持つユニークな文明であることを説いたが、なるほど日本人の精神性とか文化というのは海外のものとは一味も二味も違うのである。我々は世界の人たちとわかりあいたい気持ちはあるけれど、なかなかわかりあうことができない、理想はさておいて、現実はいつまでもそうである気がしてならない。

悲観的な話ばかり続くが、もしトヨタがおかしくなると、その傘下にいるグループ企業、下請企業も深刻な影響を受けるだろう。そうなると、今まで全国的に一番元気な経済と言われた名古屋経済は、一気に冷え込むかもしれない。私が名古屋に行ったときに遊んだキンサンこと錦三丁目の活気もなくなってしまうかもしれない。そうならないように今は祈るばかりである。

真央ちゃんが世界フィギュアで逆転優勝したが、先日の世界ジュニアで優勝した村上佳菜子ちゃん(15歳)も真央ちゃん以上にスタイルがよく、色っぽくていい(エロオジサンでした)。

子だくさんの子供手当は、ちとおかしい。 [時事]

IMG_0493.JPG会社に入って間もない、20代前半の頃の話。六本木交差点の近くにフィリピンパブがあり、美人のフィリピーナがたくさんいて通っていた。私のお気に入りの子はスペイン人とのハーフで、他のホステスさんと比べて圧倒的に肌が白く、スタイルがよかった。あるとき私の恋心を彼女に伝えたら、彼女は「フィリピンに両親と兄弟が7人いて、彼らの面倒も見てくれるのなら考えてもいい」と言った。最初、この言葉の意味がよく理解できかったが、遊び仲間から「あまり深入りするな」と忠告され、彼女の言葉の意味がだんだんわかってくると、未練は十分あったがそのフィリピンパプから足が遠のいた。

子供手当が今年から支給されることになった。子供というのは中学生以下で、初年度の今年は一人当たり1万3千円が支給される。中学生以下の子供がいる家庭は助かるかもしれないが、どう考えてもおかしなことがこの制度にはある。

例えば、外国人の両親Aとその子供Bが日本にいる場合、子供手当は支給される。では、自国(例えば、アメリカとかフィリピンとか)にこの両親Aの別の子供Cがいる場合、Cは支給対象になるのか否か(BもCも中学生以下と仮定する)。答えはイエス、支給対象になる。だから、子だくさんのフィリピンのように、C以外にD、E、Fがいたら支給額は莫大なものになるのだ。

これに加えて今言われているのは、貧しい国で、戸籍のはっきりしていない小さい子供を養子縁組して、子供手当を受給しようとする輩が出てくるのではないかという心配だ。貧しい国かどうかはわからないが、中国の農村部にいくと、1か月1万円以下で生活している家がいくらでもある。一人子供を養子縁組すれば、来年からは一人当たり月額2万6千円もらえるわけだから、そういうことを考える奴は絶対に出てくる。

では、日本人家族の場合、例えば、両親が海外赴任し、子供が日本に居住している場合、子供手当は支給されるだろうか。答えはノー、支給対象にならない。逆に、両親が日本にいて、子供が海外に居住している場合は上述した外国人の例と同じく、子供手当は支給される。

要するに、外国人の場合でも日本人の場合でも、両親が日本に居住していさえすれば、子供がどこで何人生活していようと子供手当は支給されるということだ。

なんとなくヘンな感じがしませんか?財源の問題もあるし、このように支給対象の考え方にも検討すべき点は多々あるような気がする。参議院選挙を前にして少しでも実績作りをしたい民主党の思惑が見隠れする。

さて、釧路に来ている。調子に乗って飲みすぎた。ホテルに戻ったのが午前2時過ぎ。死にそうである。

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